いやぁ、更新できないものだわね。
産後、体のあちこち痛いわ、育児が大変だわ、で。
両親も帰ってしまい、いよいよさぺと二人育児スタート。
いや、昼間私一人。
これが。
泣きやまないわ、寝ないわ、で、高齢母は瀕死。

っていうか、母乳!!
母乳が思うように量が出ない!!
最初の頃、悩んだねー、泣きながら授乳したねー。
もはやだいぶ色々割り切ってきたけれど。

今も引き続き育児に全然慣れないんだけど、とりあえず出産の日の事を。



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入院1日目の夜、M-1の頃は余裕だった陣痛が深夜に激化。
陣痛がくる度にのたうちまわり、隣の簡易ベッドで寝てるさぺを起こす。
湯舟につかると痛みが和らぐというのは本当にそうで、
あぁこれはいいわ、とずっと湯舟にいた。

だけど朝方、3回目のお風呂ではもう既にきかなくなっていた。
なにをしても痛い。

助産師さんとは陣痛が思うように進まなかったら、
子宮口の開きの進行が進まなかったら、
朝7時に陣痛促進剤を入れるという話になっていた。

それは困る!!
どうか自然に進みますように。
結局バルーンも羊膜剥離もしなかった。


そして朝7時。結局陣痛促進剤をすることに。
そしたらどう!!
痛みが半端ない!!


とりあえず一度帰られたドゥーラさんが来てくれるまで頑張るけど、もう無理だわ。


痛くて痛くてじっとしてられない。
背もたれが起こされた状態のベッドの山に這い上がって逃げ出す。
通路をうめきながら歩き回る。
痛い痛い痛い、助けて。
さぺに腰さすってもらうも、そうじゃない、そこじゃない、全然よくならない。
もうどうしたらいいの?

じっとしていられない。
かといって、動こうが止まろうが、どんな姿勢も痛すぎる。

とにかく痛い、お腹も腰も痛い。
穏やかでホスピタリティ最高の看護師さんのJが呼吸法を教えてくれたけど、1回やったところで無理だわ。

ドゥーラさんが来て、無痛に切り替えたいと伝える。
マッサージとか色々してもらったけど、耐えられなかった。


痛みにのたうちまわりながらも、自問自答したような、してないような。
「もうちょっと頑張れるんじゃないか」
「自然でいくと決めたのに、痛みから簡単に逃れてしまっていいのか?」
とかなんとか思ったような気もする。
どこか後ろめたいような。

さぺは一つも責めてこなかったけど、
さぺに「私を責めてるじゃないか!!」と言ったのを覚えてる。
私は勝手に責められてる気になったのだろう、
やっぱりどこか後ろめたかったんだろう。


初志貫徹できなかったから?
というか、自然分娩がいいという理由が自分の中でちゃんとあったのに、
そしてそれは私だけの問題ではなく、坊やにも影響することなのに、
それをやり切れなかった事にだと、やっと最近思い至った。

でも本当に限界だった。
そうだ、私は痛みに弱いんだった。


それからが地獄。
麻酔ドクターがエマージェンシー妊婦にかかりっきりでなかなか来ない。
どれだけ待っただろう。たぶん30分くらいなんだけど、いや、もっと短かったかもだけど、
私には数時間に感じた。


ようやく麻酔ドクター登場。
ベッドに横向きに座り、背中だかに注射された。
動いちゃ危ないという事で陣痛の合間に打つためタイミングをはかった。
もう一刻も早く打って欲しいというに。

これ、全く痛かったという記憶がない。
それが午前11時くらい?
そこから陣痛が進み、子宮口が開くのを待つために5時間くらい寝る。
出産までに体力を温存しておかねばならない。


看護師さんが氷をあてて薬がきいているか確認する。
右の足のつけねらへんが麻酔きいてない感覚があった。


そして19時、看護師のJさんがシフト交代。
その際にJが「赤ちゃんは22時43分に生まれるわよ」と予言。


若いナース二人組と助産師さん登場。
氷を太ももから順番にお腹まであてていって、どこまで感覚がないかをチェック。


なんだか点滴で糖分を入れたら、赤ちゃんが喜んでるとの事だった。
やはり坊やが甘いもの好きなのか。


無痛だから基本感覚はないんだけど、
陣痛がくると圧は感じるのよね。
モニターを見ながら陣痛がきたタイミングで息を止めてふーんと踏ん張る。


基本はベッドの上で、バーにぶらさがったり、スクワット姿勢だったり、
一番多いのが横向きに寝っ転がって、股を広げたまま膝を抱え込んでいきむ姿勢。



いきむのってどうやるのかと思ったら、息をとめて、10秒きばるみたいな?
それを1回2セット、頑張れる時は3セット。
痛みは感じないけど圧は感じるから、圧がきたらナースたちに知らせて、いきみスタート。


そうすると「プッシュプッシュプッシュ!!!」
終わったら「グッジョーブ」と言われる。
これの繰り返し。

こんな感じでいいのかな?ちゃんとできてるのかしら?とか思いながら
ドゥーラさんに励まされながらやっていた。


大きな鏡が用意されていて、
赤ちゃんの頭が出てきたら見せてくれる予定だったけど、一度も見てない。


いよいよ赤ちゃんの頭が出てきた時には、さぺとお母さんが色めきたっていた。


途中、自分でボタン押して薬を追加。
助産師さんとナースにはその権利がないらしく、私が自己判断で押すシステム。
もう薬中だよね。
後ろめたい気持ちはどこへやら。
ちょっとでも痛みを感じたら、ボタンプッシュ!!


その後、腰が痛くていきめなくなる。
お腹が痛いじゃなくって、腰ってどういうこと??


麻酔ドクターが登場して特別な薬を。

そして、いきみ開始から2時間程経過。

途中私が発熱したらしく、赤ちゃんにも感染症などの影響が出てくるから危険!!と。

えー?熱??ないでしょ?
いきんでるから熱くなってるだけでしょ?

すると更に、赤ちゃんが長時間のいきみで疲れてきてるから
帝王切開の可能性も出てきた!!と。
だったら最初から2時間目安とか言ってくれたら、もっと本気でいきんだわ、私。


いよいよ坊やが危険となり、助産師さんがドクターに連絡。
ドクター登場。
ドクター判断により、吸引に決まる。


吸引かー!!!


実は私も吸引で生まれてる。
母のお産に似るとはよくいったものだね。



「頭出たよー!!」って言われて
次にドゥルンって感じで、体が出た感覚があった。
安堵。


時計をさっと見た。
まさかの22時43分。
私が「22時43分ぴったりだよ」、と皆に通達。
すげーJさん、すげー。


母は謎に2代続けての吸引をしきりに感心していた。
いやいやいや、それいいことじゃないから。
自然自然で産みたかったよ。


さぺ曰くこの日のハイライトは
会陰裂傷を縫ってるドクターのライトを
うちのとんでも母がフレッシュ坊や撮影のために
「ちょっと借りまーす」ってずらそうとして、
ドゥーラさんに「今先生が縫ってます!!」と叱られたとこだと。


とんでもねぇ!!
私の会陰が先!!
ちなみにアメリカは会陰切開はしない。

さぺがへその緒を切る。
固くてうまく切れないとかなんとか言ってた。


その後は体重測ったり、足形とったりして。
私の見えないとこでナースたちがてきぱきやってたわ。


当初は自然分娩予定だったから
坊やに自らおっぱいまで這い上がってきて吸って欲しかったし、
その感動のシーンをすごく楽しみにしてたんだけど、
エピドゥラルだからダメで、さっさと胸に置かれた。


最初に置かれた時、どんな気持ちだったかな。
お腹の中にいた人が今お腹の上にのってうごめいてて、でも案外軽いなって思った。

さぺ曰く、私は最初、自分の子に人見知りしたらしく、
それを見てさぺはどん引きした、と。

私としては人見知りっつうか、確かになんだか実感なかったのは覚えてる。
感動!とかそういう感じじゃなかったような。


胎盤がでかいなぁ、ってみんな感心していた。
胎盤は持ち帰りを希望していて
ドゥーラさんが乾燥させてカプセルにして産後摂取する。
母体の回復によいとの事。


その後の事はよく覚えてない。
ナースに言われるがまま、口に体温計つっこまれて、
お腹ぎゅうぎゅう押されて、股チェックされて。
それを何時間置きかにされた。
とにかくされるがまま。

赤ちゃんは赤ちゃん用ベッドに乗せられていて、私はたまにじっと見たりしていた。


赤ちゃんが小さいという理由で、血糖値のチェック。
毎回の授乳前に足にホッカイロをあてて温めてから、ちくっと採血されていて。
わんわん泣いていてかわいそうだった。

小さいか、大きいかの赤ちゃん、
妊娠糖尿病の母親の赤ちゃんはこのチェックされるらしい。


その後折に触れて頭の中に浮かぶのは
赤ちゃんの心拍と私の陣痛をチェックしてたモニター。
あのドンドンドンドンっていう赤ちゃんの心拍の音が、
陣痛の痛みを思い出させ、もはやトラウマ。







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