母は予定日2日前に来たけど、結局坊やは12日遅れてやってきたので
約2週間、母と過ごした。


私と母はまーあ仲が悪く、
口を開けばケンカ、みたいな感じだったから
実は今回も心配していた。
私たち本人はわからないけど、
父や妹は私たちが似てるからケンカするんだ、と言う。


とにかく、思春期の頃より、ずーっと不仲。
私は晩婚でシアトル来るまで実家にいたから、
それまでずーっといがみあっていた。


ところがどお!
父に言い含められて来てるのか、
あの母がいやな事一切言ってこないじゃない。
離れて5年で改心?したのか。
孫嬉しさでそれどころじゃないのか。


そんなわけで、子供時代ぶり?に母と買い物へ。
母がクルーズのディナーで着るドレスを買いに行きたいと、
毎度試着室でサイズ感とか見てあげたり。
いやぁ、これ奇跡よ。


さぺ母が手紙で、
坊やは母娘の時間を作るために遅れてきてくれたのね、って。
もちろんさぺ母は私たちの不仲を知らないから、
ただ母娘の時間って事なんだけど、
坊やは私たちの不仲を知ってて、
わざと遅れてやってきたんだと思うわ。


それで。
出産後。
意識朦朧でベッドに横たわる日々。

睡眠時間ほとんどないんだから
すぐ寝ればいいところが泣けちゃって泣けちゃって。

なにが悲しくて泣いてるかって、
母がいずれ死んでしまう事が悲しくて。
なんだろ、坊やの不安とかたくさんあるのに、
そんなのそっちのけで母との別れが悲しくて悲しくて。

という日々が来る日も来る日も続く。
これこそが産後のホルモンバランスの乱れの最たるものだったと思うわ。


母は毎日毎食本当に美味しいご飯を作ってくれたし、
坊やのお世話もしっかりやってくれたし、
とにかく感謝感謝の日々だった。


よく自分が母になって初めて母の大変さ、母への感謝が芽生えたって言うけど、
そういうことよりかは母と初めて?一緒に行動した事により、
母の人間としてのよさを知ったというか。

そういう意味で、その機会を与えてくれた坊やには感謝だわね。

と、毎晩泣き暮らし、母への感謝の思いは募るけど
恥ずかしくて母にはその事は告げずに。


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